編み物好きの皆さんなら、激しく首がもげるほど同意してくれると確信していることがある。
それは、「何を編むかは決まっていないのに、毛糸の可愛さに惚れてつい買ってしまった毛糸が、家にわんさか眠っている問題」のこと。
かく言う私も、この「ときめき買いの沼」にずぶずぶとハマり続けている常連客。
長年編み物をやっているというのに、この物欲の暴走癖は一向に治まる気配がないのです。
編み物好きのロマン?「毛糸のときめき買い」が止まらない病
編み物に限らず、手仕事が好きな私にとって手芸屋さんは”魔界”
そして、毛糸コーナーの魔力は群を抜いてる。
編む予定なんてない、ただ「可愛い」から買う。
ずらりと並んだ美しい色の毛糸たちの目の前にして
「うわあ、このビビットカラー最高……!」
「この手触り、ずっと触っていたい……!」と、脳内で全裸の天使が舞い踊る。
「で、これで何を編むの?」という冷静な私のツッコミは、一瞬にしてかき消される。
「いいの!この可愛さは出会いなの、買わなきゃ後悔する!」という謎の使命感に突き動かされ、気がつけばレジに並んでいるのです。
気づけば1玉・2玉が増殖する「毛糸の山」の絶景
計画的に「これを編むために〇玉買うぞ」と迎えた毛糸ならいい。
しかし、衝動買いのほとんどは「一目惚れ」なので、だいたいが1玉か2玉。
セーターを編み上げるには足りない。かといって小物にするにはちょっと中途半端。
そんな行き場のない毛糸たちが、我が家のあちこちで「いつか私を編んでね」と静かに出番を待つことに……。
気がつけば、眺めているだけで満足してしまう「毛糸の山」が完成するというわけなのです。
2026年に入って決行した「ときめきレスキュー」プロジェクト、ついに佳境へ!
そんな、長年見て見ぬふりをしてきた「可愛いけれど行き場のない毛糸たち」。
「今年こそは……!」と一念発起した私は、2026年に入ってから密かにある一大プロジェクトを進めていたのです。
溜まりに溜まった毛糸たちが、どんどん作品へ
そう、あの溜まりに溜まった毛糸たちを、とにかく片っ端から編んで”とくめき作品”にしよう作戦である!
2026年も後半戦に入った今、コツコツと編み進めてきた甲斐あって、あの山のような毛糸たちもいよいよ終わりが見えて佳境を迎えている。 (写真でも撮影しておけばよかったなぁ、あの山を)
長年眺めるだけだった子たちが自分の手でどんどん形になっていく様子は、なかなかの爽快感でしたよ。
ラストスパート!小さな「毛糸玉たち」を繋ぐパッチワーク
そして今、プロジェクトの最終盤として残っているのは、1玉がっつり残っているような大物ではなく、小さな小さな毛糸の玉ちゃんたちばかり。

「この愛おしい小玉ちゃんたちを、どう料理してやろうか……」と、日当たりのいい部屋で愛猫が丸くなっている横で考えた私の最終作戦。
それは…。
小玉ちゃんたちをパッチワーク風につなぎ合わせながら、大きなショール1枚に編み上げる。
色も素材もバラバラな毛糸たちがどんな化学反応を起こすのか。
ラストスパートを駆け抜けるこの時間も、たまらなくワクワクしているのです。
ときめきは、熱いうちにカタチにすべし
こうして、かつて「ただ眺めるだけ」になっていた毛糸たちを作品にしてみて、つくづく痛感したことがある。
時が経ち更に迷う「何を編もうか」現象
それは、「ときめいた毛糸は、ときめいたその熱い気持ちのうちに編むべきだ」ということ。
もちろん、買った当時の強烈なときめきがあるからこそ、編んでいて楽しいのは間違いない。
ただ、何年も寝かせてしまうと、買った当時の「あの可愛さに悶絶した熱量」がどうしても控えめになってしまう。
「いざ編もう!」と思い立ったとき、その毛糸にぴったりのデザインやアイテムがなかなかパッと思い浮かばず、ひらめくまでに余計な時間がかかってしまう。
これが今回の感じた大きな反省点。
ときめいた時にこそ編む。それが一番の贅沢。
どんなに可愛い毛糸でも、引き出しの奥で眠らせておいてはもったいない。
これからは、一目惚れして連れて帰ってきた子たちは、新鮮なときめきのままスッと形にしてあげたいものです。
……と言いつつ、手芸屋さんに行けばまた「あ、この色可愛い!」とカゴに入れてしまいそうな自分がいるのは、ここだけの秘密。

